[an error occurred while processing this directive] 【幻創文楽庭園】−台風の日の思い出−

台風の日の思い出

あるいはのんきでやかましい子供たちの話
First Writing 2004/09/10

すでに耳どころか目にもタコができそうなほどみんなが言っていることですが、 今年は日本に上陸する台風の数がとても多いですよね。 何号、という数字を見ると、発生数自体はそれほど極端に多いわけではないと思うのですが。

ふと、小学生だったころは滅多に来ない台風が待ち遠しかったことを思い出しました。 何故ってそりゃぁ当然、学校が休みになったり早退になったりするからです。

小学生時代、私が住んでいた地域は平地で山崩れの心配も洪水の心配もなかったので、 主に注意するべきなのは「風」でした。端的に言うと、小中高校は 「大雨警報」だけなら通常の授業をするけれど、「暴風警報」や「暴風雨警報」が出ると 朝から、又は登校後だった場合は帰宅の上、自宅待機――――平たく言って、休みになりました。


ある年(はっきり覚えていませんが、私は小学校高学年頃だったと思います)、 台風が上陸して『暴風雨警報』 (※今では「暴風警報」と「大雨警報」だったか何かに別れていますが、 このころはまだ一緒くたに「暴風雨警報」でした ……要らない話ですが、二つに別れることになったとき「休みのチャンスが減る!」と騒いだ記憶があります) が発令され、集団下校で帰宅、自宅待機ということになった時のことです。

私の住んでいた地域は子供が少なく、女の子はさらに少なく、通学班は私の他はみんな男の子でした。 とはいえ、同じ一戸建て住宅地の4組(列)くらいのご近所さんだったので、幼稚園のころから 良く知った幼なじみたちです。私に弟がいたこともあって、性別関係なく、仲は良かった方です。

その通学班に念のため先生が同伴しての、およそ2Kmの帰宅の道のりでのことです。

その台風は「風台風」で、帰宅中、雨は全く降っていませんでした。 畳んでベルトで止めたカサを手に持ったり、ふりまわしたりしながら歩きます。

誰が最初にやりだしたのか、なぜそんなことをしようとしだしたのか、そのあたりの記憶はありません。 覚えている範囲では私たちの通学班がみんなでやっていました、もちろん、私も。


ボーフーケーホーハツレー暴風警報発令!」

ボーフーケーホーハツレー暴風警報発令!」


子供たちは口々に、楽しそうに叫びながら歩いています。でも言い方はなんとなく 戦争アニメなどである「空襲警報」かなにかのようなノリでした。たぶん、それがモデルだったんでしょう。

子供のオバカな叫びに寛大だったのか、単に通学路の大半は見渡す限り田んぼの中なので、 迷惑になるほどのヒトがいないからという判断だったのか、同伴の先生は特になにも言いません。 (「」が抜けてるよ、 というような注意だけは受けたような気もしますが。)

そのうちに、田んぼを挟んだ向こうの道に乗用車が一台、走っていくのを見つけます。

誰かがおもむろに、カサを水平にして先端の方を車に向けました。


「金属反応有り。敵機発見、狙撃します」


やっぱり、「暴風警報」は「空襲警報」だったようです。 そして、子供同士でこういう遊びというのは、伝染というか流行するんですよね、瞬間的に。

結局、およそ2km、子供のそんな調子の足では30分強。

みんなで「暴風警報発令!」「敵機発見、狙撃します」を家に到着するまで続けていました。 道のりの終わり頃にはご丁寧に、偵察班と狙撃班に別れています。 ――――田んぼが果てて家の近くに来て、留まっている車が増えたら忙しかったこと。


はい、もちろん、私も家に入るまでやっていましたよ。 狙撃犯で、。最後に「撃墜」したのは、自宅玄関前に留まっていた母の原付きバイク。


そんなことを、ふと思い出しました。

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