『メルクリウスの旅』

[小説の話]2006年06月20日

 『エストレリャ国異聞』シリーズ1巻(全4巻)。著:伊東麻紀 絵:小林智美 出版:大陸書房 TAIIKU NOVELS 1990年7月。ファンタジー・ロマン(って本体に書いてある)。

 

 『小説 ドラゴンクエスト』が私の児童書コーナーからの出口なら、この『メルクリウスの旅』は「ファンタジー」というジャンルへの入り口。厳密に言い出したら「初めてのファンタジー」なんかグリム童話辺りなんだろうけれど、個人的に思い出せる確定的なルーツはこの一冊だから外せない。
 ────Amazonにデータさえ無かったので床にのの字書きつつ「e-hon」さんのデータページへリンク。……そりゃぁ、もう絶版ですよ、っつーか出版社ごとお亡くなりです……。────

 最初の出会いは小学生終わり頃、『小説 ドラゴンクエスト』の次。図書館で。当時の私には「ジャンル」なんて概念が無かった。ついでに『小説 ドラゴンクエスト』がゲーム・ノベライズだ、っていう概念も無かった! …ので。
 あれを気に入った私はそれに似た別の物語を探すのに、直感とせいぜい「小説」という言葉だけを頼りに市立図書館の出張所である近所の公民館の図書コーナーを端から見て回った。たぶん、手に取ったキーワードは「メルクリウス」という、少なくとも当時の私には聞き慣れない語感と「旅」という言葉だったと思う────『小説 ドラゴンクエスト』で、実は私のなかで一番印象が深かったのは「異世界の旅風景」と「西洋チャンバラ」だったんだと思う。


 物語の舞台は現実には無い国「エストレリャ王国」。ただしモデルは本冒頭の略地図や「作者のことば」での「西班牙スペイン風幻想譚」という言葉から、おおよそ、現実のスペイン王国になる前、カスティリャ王国、および当時のその近隣イベリア半島がモデルで、かなりしっかりと意識されている、と思う。(隣国として登場するアラーニャ王国はたぶんアラゴン王国だろうし、半島に進出してきた異教徒国家ってのはイスラムだろう…。背景設定として醸し出す世情雰囲気はレコンキスタによく似ている。)
 その辺り、実際の歴史とリンクを感じさせつつも、別に知らなくても漠然と雰囲気をさっするような書き方がされているので、世界史なんてあまり知らない小学生の頃でも読むのに不自由はしなかった。後に世界史を勉強してその辺りのことを判ってから読み返すと、またちょっと違う面が見えた、という意味でも面白かった。

 主人公は国内で王様の次くらいの有力家の次男エドゥアルド、19歳。中世風の時代感の貴族のお坊ちゃんの割には、人種、身分、宗教等について、妙に現代的な考え方に近いふうをしている。────ここら辺を当たり前のように書いてあったら、たぶん私は「今でもずっとこの物語が好き」なんて言っていないと思う。「ひねている」という感じで書いてあったから、読んでる間は「ああ、この舞台上ではこの人の考え方は一般的じゃないんだ」と、どんと浸って読めた。いちいち説明されていたら微妙だったろうし、まったくその辺の雰囲気が無かったら、何がおかしいのか良く判らなかっただろうし、時代背景や世界観を本格的に気にするようになったら面白くは読めなかったろう、たぶん。
 続刊後もずっと「主役級」で登場する人々は、こんな「ちょっと変な人」だから出会えた。
 作中では「メルクリウス」で一貫して表現される両性具有アンドロギュノス、ぱっと見は「羊飼い風の少年」メルクリオ(…途中からその正体が鍵になる、って意味では第二の主役……つか、ヒロイン)。ヒターノ(ジプシーだと思う)のルシア、魔術師だという一事で国を追放されたというヘルメス・トリスメギストス(この在る意味有り体でちょっとギリシア神話やローマ神話を覚えていると「おいおい」って思ってしまいそうな名前も、実は最後には鍵になっていたりする)と、彼の作ったホムンクルス(人造人間)を名乗る年齢不詳の小男ペドロ。
 カテゴリ分けすれば「ファンタジー」なんだけれども、この世界では「魔法」とか「錬金術」というのは一般的ではない。現実の中世西欧の頃に「信じられていた」世界観とよく似ている。魔術や悪魔、錬金術や神秘といったものは「存在するが身近ではないもの」。

 物語の自分が感じた「おもしろさ」を語り出すとネタバレそのものになる上にパロディ同人誌張りにキャラクター主観目線の嵐になると思うので、今回はちょっと自粛しておくけれど(……絵が描けてたらパロ同人誌とか作ってたかもしれないよ、ってくらい、一人で勝手にハマってたから。別個に無駄に語り出す日が来るかも知れないけれど、今回は。)、この当時小学生だった私にとっては「近いような、けれども遠い異世界」がとても面白かった。そして今でも面白く感じて「好きだ」と言い切れるのは、特等に個性的な異世界でなくても様々な背景が感じ取れること、それが物語の主題にしっかり影響していること、現実の歴史や神話などを知った後ではさらに描写等で深読みが出来て、破綻も無いことも影響しているんだと思う。


 ……ちなみに。ネット上のレビューの「数」や情報、作者のサイトでの言及や当時の後書き等々も見ると……同作者の他作品よりも公評的には「好き」とか「一番」とかいうのは無い模様……。私自身は同じ作者の同じ出版社の前作『宝剣物語』をこの後に読んで苦手に感じたので(その後、再読はしていないので案外今なら別に気にならないかもしれないけど)、この初期段階からかなりの間、「作者追っかけ・信奉」や「作者名義で本を探す」ことと無縁だった。
 ちなみに。当時同じ作者の前作を読んだのは単に図書館で隣同士に並んでいたから借りてみた、ってだけで、そもそも小学生当時の私の脳みそには「作者名義で本を探す」という発想自体が無かった。そんなわけで、この『メルクリウスの旅』以降、続くという続刊を図書館で確認(次巻タイトルの予告があとがきにあったので、発売前にそれを頼りにリクエストを入れる、という、今にして思えば、よくもそんな方法で通ったものだ、という荒技をやった…)しつつ、相変わらずの直感・テキトーの他に、同出版社のノベルズ・シリーズのロゴであった「リス・マーク」と「ファンタジー」というコトバを手がかりに本を探す、という方法を覚えた。

 結果。世の中のことはよく判っていなかった、諸般の事情により学校絡みの話は比較的、好きではなかった私は、読むものの比重がファンタジーやSFにカテゴリ分けされるような本に圧倒的に傾いていった。
 『メルクリウスの旅』は、自分のある意味で『小説 ドラゴンクエスト』以上に原点になった、と思う。(入り口が『小説 ドラゴンクエスト』なくせにゲーム型ファンタジーとはちょっと違う方面の方が比較的、好き、というのもこの辺りの影響かも知れない。)


 ……今じゃどっぷりと「ファンタジー・オタク」の自分だけれど、ここで出会ったのがこの『メルクリウスの旅』じゃなくて、もっと違うものだったら、今の自分はあったんだろうか? ……案外、全然違うものを読んだり書いたりしてたかもしれない……いや、自分でもそんな自分、想像もつかないけど。


■コメント
投稿者: さいとー

 大陸書房の倒産騒ぎは、まあ、自分が関わった出版社(やシリ−ズ)が次々に消えてゆく端緒でありましたなあ。
 当時あそこでファンタジーを作ってた編集さんは、数人が中央公論社に移ってファンタジーのノベルズを作るようになったりしたのでした。今でも残ってると思います。
 ちなみに、その大陸でSFやらファンタジーが始まったのは、「奇想天外」という雑誌(私が初めて新人賞の予選を通過した)の編集長さんの仕業でしたが、ああ、考えてみれば「奇想天外」社が、消えてゆく出版社の端緒だったのだなあ。
 今もずいぶん怪しい情勢ではありますが、バブル前後にはずいぶんいろいろあったんですよね。結局、本との出会いはある意味「一期一会」であるのでしょう。作品そのものよりも、むしろ出会いのタイミングの方がより重要であるのだと、言っていいのかもしれません。
 ま、そんなこと言ってちゃ自分で作品書こうなんて気力なくしちゃったりするのかもしれませんが。いやいや、だからこそ、なにを書くのかが重要、という気もするんですけれど。

2006年06月20日 22:50
投稿者: 龍魔幻

>さいとーセンセー
わーい♪ いらっしゃいませ〜

>大陸書房
 そ、そんな感じだったんですかぁ。……どうりで同時代に読んだ物は尽く、収入得られる頃に買おうとしたら大半、古本屋さん漁りになるわけだ……(汗
 当時、自分、中学生でした。ある意味凄いタイミングで、このシリーズ全4巻出そろって図書館で読破した後、中学生のなけなしの小遣いとお年玉貯金(親管理下)を頼み込んで引き出して、初めて(図書館では当時は入れてくれなかった漫画本ではなく……でもって、今ならともかく当時の私にはやっぱり高いモノだった…)新書版小説を買おうと意気込んで本屋さんへ行ったら……先週まで全巻あったのに無いっ! 何故っっ!? と店員さんに訊いて、倒産を知ったという、イヤでも印象に深い状態でして。
 ……さいとーセンセーの作品も大陸ノベルズの続刊で途中で切れちゃったもの、ありました、よね、たしか。ファンタジーであれだけ読めず、未入手、っていうかどんなとこで切れてるかを考えると怖くて読めなく……とかやってるウチに地元図書館では『別架(事実上、紛失)』に……
 一部、旧大陸書房出版のものが再版されているのは……そんな事情なんですか……。業界裏事情って気分です。

>「奇想天外」 …私にとっては「噂に聞く伝説の存在」(^^;

>本との出会いはある意味「一期一会」
あ、なんとなく判ります。特に「日本中絶賛」みたいな大宣伝されちゃうと逆に興味なくなる(先入観フィルターが名作と偏り過ぎちゃって自分的に外れだったときが怖い)自分にはかなり重要です(ぉぃ

>自分で作品書こうなんて気力なくしちゃったりするのかもしれませんが
 お気遣いありがとうございます〜。大丈夫です。
 そんなこと気にしてたら、こんなネットの片隅で、もしかしたら数人か顔見知りくらいの方しか読んでいない可能性も有り、な作品公開サイト、延々と7年も維持したり、売れもしないのに愛知から東京のコミケまで行ったりしてませんから。半倉庫化してるのは単にムラっ気が激しいだけです!(威張るな)

 でもなんだかんだでネット上に居座って何かしら書いていたら、良い出会いなんかも色々とありましたし♪

 …………だからこそ。出会いのチャンスが減る絶版なんて大嫌いだ。

2006年06月21日 11:18
投稿者: さいとー

 大陸で中断したのは「モンスターバスターズ」とかいう(成り行きでつけられたタイトルなんだよね、当初は「異世界開拓史」みたいなタイトルでした)シリーズで、3作で完結させるつもりで書いてた2作目で中断したのでした。今でも未練のある話なんだけど、ひとまず、ファンタジーではありませんので念のため。
 もはや当初の構想も消えかかってたりします。
 少しは続きを読みたい人、いるんじゃないかな、とも思うんですけれど、普通の方法じゃ再開できそうにありません。

2006年06月21日 13:38
投稿者: 龍魔幻

>「異世界開拓史」
……こ、個人的、別にファンタジーじゃなくてもものすごく惹かれマス!……って、惹かれてももう本体も続きも読めないのですね……。

モンスター、って単語で自動的にファンタジー認識しちゃったんだろうなぁ、当時の自分…(汗

2006年06月22日 15:03
投稿者: みぜっと

ハジメマシテ。
書いたご本人でさえ忘れているであろう頃に、こっそりコメントすみませんっ。
昨日ふとこの本のことを思い出して、検索したら運良くこちらにたどり着きました。
大好きなお話なんですけど、やはり絶版のためか情報が少ないんですよね。
いま本自体は手元にないんですがちょっとだけ確認したいことがあったので、助かりました。
ありがとうございました^^
自分もあの頃からは成長していますし、またじっくり読み返してみようかなって思いました。

ではでは。またうかがうかもしれません〜。

2007年01月16日 08:54
投稿者: 龍魔幻

みぜっとさん、はじめまして。
この小説が好き、という同志にコメントいただけて嬉しいです♪
何かの情報のお役に立てたなら幸いです。

……手に入りづらいですよね……とくに最終巻……
図書館も場所によっては所蔵していても閉架書庫にありそうな……


>自分もあの頃からは成長していますし、またじっくり読み返してみようかなって思いました。

私も、最初に読んだときといくらか経ってから読んだときとで印象が変わったことが結構ありました。ヨーロッパ、特にレコンキスタ前後や十字軍遠征くらいの歴史や宗教価値観を抑えてから、あたりなんか、なにげにいろいろな隠喩が隠れていると思いました。

2007年01月21日 02:46

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