ご当人方には大問題なんでしょうが……ハタから聞くと面白すぎる…と少なくとも私は思った話。
日記を『書き流し』に移してしまったのもふくめて、こちらお久しぶりの更新になってしまいました。……でもなんかこう、自分としてはツボに入ってしまってこちらでガッツリ書いておこうと。
ネタもとはGooニュース記事『ニュースを斬る ハリーに揺れる米キリスト教原理主義 ハリー・ポッターへの反発が映す米国政治の構図』より。
記事自体は「現ローマ教皇16世猊下が、児童向けファンタジー小説『ハリー・ポッター』シリーズ(J.K.ローリング/邦訳:松岡佑子/静山社)に対して“強い懸念を表す書簡”を公開した」という事に対する軽い評論文です。──とりあえずこの記事で知ったことなので元文としてリンクですが、以下は評論文本体でなく、この事実にたいする自分の感想です。
(※突っ込まれる前に……龍魔幻、ハリーポッター・シリーズは読んだ事も映画等みたこともないです……ゴメン)
「面白すぎるぞ、ローマ教皇サマ」←恐ろしく乱暴な要約。
何を問題にして“懸念”しているか。元記事でかなり簡潔にまとめてくれているので、引用。
『愛、友情、勇気を鼓舞する物語ではあるが、魔術と魔法使いを基本的な要素にしている。魔術や魔法使いが、普通のものであるかのごとく、時には救済であるかのように描かれている。反キリスト教的な魔術・魔法使いを普通のものとして受け入れさせる巧妙な仕掛けに満ちている』
この書簡、書かれたのは2003年3月、教皇庁として公開されたのは2005年7月だそう。たぶん重要なのは、この間に教皇の代替わりがある、ということ。
2005年4月に先代ヨハネ・パウロ二世の死去、同月内に当代ベネディクト十六世の就任。
魔術・魔法の氾濫はキリスト教原理派にとってはけっこうな重要事項だ、というのも判らないでもないんだけれど。それを全否定している辺りが成り立ちの一つであるような面もあるわけだし。
しかし……だったら、『指輪物語』(J.R.R.トールキン)はいいのか? 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は? っていうか、アメリカ他ヨーロッパ発祥のファンタジー系TRPGだけに限定しても、魔法システムの無いものの方が少ないと思うんだけれども……っていうか、この論法を当てはめると、ごく一部を除いて「いわゆるファンタジー」は全滅なんじゃ……?
いや、前に『ユダの福音書』はともかく(あれは正真正銘の古文書扱いなので)『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン/邦訳:越前 敏弥/角川書店)を大まじめに非難していたのも、人違えど現教皇時代だったっけ。
…………もしかして、現代で大々的にヒットするのが気にくわないのか……まさか、フィクションとノンフィクションの差が判らないわけじゃないだろうから……。
ちょっぴり、昔の友人のお母様も思い出した……「悪魔的な」と称して、彼女の持っていたSF、ファンタジー、ホラー他、フィクション小説をほぼ全部、捨ててしまったんだそうな(彼女の所蔵が何故自宅ではなく、お婆さんの家に置いてあったか、って話で)。────くだんのお母様は当時『エホバの証人』の方だったけど。
別にそこら辺みんながみんな、というわけではないらしい。ファンタジー小説を書いている、宗教キリスト教系統なんてゴロゴロいるハズだし。
ちなみに、先代猊下は上記の記事を読む限りでは、『ハリーポッター』シリーズに対して肯定的だったらしい。
私はキリスト教徒ってわけではないけれど、ヨハネ・パウロ二世猊下はけっこう好き、というか、ある意味面白い、ある意味、ローマ教皇法王庁傘下外の諸宗派・宗教にも気を配っていた、立派な人だと思っている、という面も、このことに対して否定的に「笑って」しまった原因の一端かもしれないけれど。
(それが逆に気に入らない傘下宗派の方も、当然いただろうと思うけれど)
私がヨハネ・パウロ二世さんを好きな理由は幾つかの、伝聞で聞いた方針のせい。
「世界のあらゆる宗教はいわば“未熟な『唯一の神』”信仰であるから、否定するべきではない」とか。
『聖書のアダムとイヴ』を「その名と性質をもった猿類」と見なす事で、ローマ法王庁初、ダーウィンの進化論を肯定したり。
他宗教・無宗教の国や団体とも、布教ではなく対話を試みた人だったらしい。
排他的な傾向の強い(成り立ちと広がる前の状況まで考えると、そうならざるを得なかった)キリスト教にとっては、色々と微妙な線もあったとは思うけれど、世界中に大きな影響力を持つ組織のトップとしては、仮に打算的であったとしても悪くない対応だと、私はひとつひとつを聞く都度、思ったし。
文学作品の評論、という次元の外でも、ベネディクト16世教皇にかなり興味が湧いたお話だった。…………変な方向に動かなきゃいいけど、とも片隅で思ったり思わなかったり……。
| ←Prev | TOP |
