パスタ・パーティー

First Online up 2002/02/22
【テーマ】風の音,マカロニ・ウェスタン,廃ビル
 耳を澄ませてみよう。
 何か、音が聞こえないか?
 この都会のど真ん中、廃れた高層のコンクリート楼閣。雑多の人混みから忘れられたような廃ビルのてっぺんの破れた窓から、上層大気が吹き込んで抜けていく。反響する、猛烈な風の音。
 ――― いや、聞いてほしいのは、その音じゃない。
 その音の合間に、ほら、ぺたぺたと、しめった足音。
 ぺちぺち、かもしれない。ほら、ひどく寒そうな音に混ざって。
 パチパチと、何かをぶつけるような音。まだ堅い豆を石に叩き付ける音に、似ているかもしれない。
 ピュィーッ、と、口笛のような音。これは、すぐに止む―――
 
 マカロニは手を伸ばして、飛んで行きかけたカウボーイ・ハットを捕まえてかぶり直した――― 手は、子供のらくがきみたいな、線だけの細いのを想像してくれればいい。真ん中に縦に穴のあいた、白い、ずんどうのマカロニの、ちょうど真ん中の横っ腹あたりから手が、下の方から足が、らくがきみたいに伸びている格好―――。
 マカロニは、ずっとこの廃ビルの、このてっぺんにほど近い所に住んでいる。ずいぶん昔、ここがイタリアン・レストランだった頃にお客のサラダの皿から転げたので脱走し、掃除婦の魔手を逃れてからだ。
 マカロニは、風が嫌いだ。体の真ん中が空洞で、そこを風がすり抜けていくと、「ピュー」っと笛を鳴らすみたいに、陽気な音が鳴ってしまう。だから、巷に氾濫する、安っぽいアメリカン・ジャンク・フードたちと同じくらいには、風が嫌いだ。
 だからマカロニは、音をならさないように、カウボーイ・ハットをかぶっている。けれどもこの高層の、猛烈なすきま風。せめて頭が丸ければ、でなければ、せめて顎があればいいんだが、そのどちらもないので、ちょくちょくカウボーイ・ハットは飛んで行く。すると、
   ピュィーッ
 口笛ならぬ、頭笛。マカロニは、一生懸命にカウボーイ・ハットを目深に、目深にかぶる。
 
 ゴールド・ラッシュ……じゃなくて、建設ラッシュって時代があった。でっかいビルが、ぽんぽん建った。開拓の苦労なんて無かった。それぞれにはいろんな夢もあったんだろうけど、大別して、まぁ、無節操に建っていった。
 経済バブルがはじけた―――― いったいどんな泡なのか、マカロニにはさっぱり判らないが、壊れたラジオがものの弾みでそう言った――――。そうしたら、ビルはどんどん閉じられた。捨てられた。
 その廃ビルは、ほったらかされた。あんまり長いことほったらかされたので、そのうちに、壁が崩れて隙間風が入り込むようになった。本当に“廃ビル”の名前がふさわしいものになって、荒れ果てた。
 荒廃したところへやってきたマカロニたちは、そこに住んで、開拓した。
 
 そう。マカロニには仲間がいる。たとえば、ピッツァ―――やたらにパイ生地の厚い、アメリカン・ピザのさらなる変形したようなファーストフード・ピザと一緒にするのは失礼だ、由緒正しい、ぱりっとした、イタリアン・ピッツァ―――とか、ロングパスタ―――マカロニの親戚だ。ずらっと長いので、立てなくて、蛇みたいに這っている―――とか。
「〝島〟荒らしが横行してるんだと」
 と、ピッツァが言った。
「ならず者みたいなやつらが、あっちこっちでなわばりをひろげようとしてるんだって」
「それじゃぁ、ここにも来ることがあるのかな……」
 ロングパスタは嫌そうに体をくねらせた。
「ここを荒らしに来るやつがいたら……」
 マカロニは、目深にかぶったカウボーイ・ハットをさらにずり下げた。
「ビーンズ・ガンをお見舞いしてやるだけさ」
 
 で。
 やってきたのは、ピザの集団。
 マカロニの仲間のピッツァが毛嫌いする、ファーストフードのピザたちだ。あいつらは節操がない、無法者だというのが、ピッツァの主張。
 だから、当然、最初に突っかかったのは、ピッツァで。
 来るなとか出てけとか帰れとか、ぱりっとした体の胸を張って、大仰に叫んだ。
 風の音がうるさい。壊れたラジオが、なんだか気分の出る音楽を垂れ流していて、混ざり合って反響する音が、とても奇妙。
「無理だね」
 と、ピザたち。モチモチした体で、偉そうに。
「帰る場所は、取り壊し。もうまっさらな更地だ。じゃなきゃ誰がこんな、すきま風のひどい廃ビルなんかにくるもんか」
 それっ、とピザのリーダーの合図。
 壊れたラジオの流す、ノイズだらけの懐古的なポップスをバック・ミュージックに、ファーストフード・ピザたちの襲撃。
 連中、たしかに節操がない。だいたい、なんでもかんでも使ってしまう。
 いきなり、テリヤキチキン発射。
「肉なんかのせるな、素で!」
 ピッツァはわめきながら、チーズで防いで、バジルで反撃―――しようとしたが、その前に、別のピザの体当たりを食らう。
 しかも、よりにもよって……変則中の変則、納豆ピザの。
 ネバッとして、ピッツァへのダメージは、とてつもなく巨大だった。
 
 強烈な臭いと粘つきの納豆に打ちひしがれてピッツァが倒れた、ほとんどちょうどそこへ、マカロニが駆けつけた。
 マカロニはマカロニで、別のところでピザたちの仲間と一戦交え、ロングパスタがぶつ切りにされつつも、なんとかおとなしくさせてきたばかりだった。
 キリがない。
「一対一で、勝負を決めよう」
 マカロニの提案。カウボーイ・ハットを押さえる―――風が強くなってきたから。
「決闘だな、いいだろう」
 暗黙の了解の上で、マカロニは敵のピザと背中合わせに立った。
  一歩。
 壊れたラジオの懐古ポップスは、猛々しいリズムをノイズと一緒に流していた。
  二歩、三歩。
 あの分厚い背中に蹴りをいれたら……なんて考えた。
  四歩、五歩、六歩。
 ……たぶん、逆撃くらったあげくに、具にされてしまうだろうな。
  七歩、八歩。
 一瞬だけ、風が止んだよう。
  九歩。
 強風。風がマカロニのカウボーイ・ハットを吹き飛ばす。
 ピュィーッと口笛のような音をさせた。
 十歩目、同時に振り向き、ビーンズ・ガン―――調理前の大豆はピザに食い込む。
 風に飛んだカウボーイ・ハットに、餅がぶつかって、一緒に落ちた。
 ―――餅ピザ……? なんでも乗せりゃいいってもんでも……
 まぁ、そういうものも、あるみたいだから仕方がない。
 なんとなく釈然としないメニュー上の疑念を持ちつつも、マカロニはカウボーイ・ハットを拾って、餅をはぎ取った。
   ピュィーッ
 真ん中にあいた穴を風がかすめて、また、音が鳴った。
 不機嫌に、マカロニは帽子をかぶり直した。
 
 彼らの住む廃ビル、土地の持ち主によって近く、取り壊されて駐車場にされる計画が持ち上がっていたのだが、そんなことはマカロニたちは知る由もない。
-終-
Lust Revise:2004/11/17

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