星空の始まりの物語

~あるいは昼と夜の誕生の神話~
First Online up 2000/10/08
[其の壱 昼の誕生]

 最初、世界は暗闇そのものだった。

 これは、宇宙は真っ暗なのだから、当たり前のことなのだ。または、光のあるところには影――つまり暗闇――ができるが、暗闇があっても明るくはならないから、やっぱり当たり前の事なのである。
 しかし、暗いと何も見えなくて不便だというのも、やっぱり当たり前のこと。ついでに言えば、暗ければ寒いというのも同じことだ。
 そして、それは空の上――と一般に言われているところ――に住む神さまさえも決して例外ではなく、平気でもなかった。

 昔々、そこで神さまは考えた。自分のために、考えた。
 考えて、考えた末に、メラメラと燃えて熱を生み出し、明々と燃えて辺りを照らす、赤い空気を創りだしたのである。
 その空気を一か所に固めておくために、中心に塵で創った芯を入れた。するとそれは、球の形になって燃えた。
 燃えて、燃えて、燃えて、広い世界の全てを照らして、温めた。
 世界はみるみる明るくなり、どんどん暖かくなった。
 しかし、心配することなかれ。眩しいほどに明るくなることはなく、暑すぎるほどに熱くなることもなかった。なぜならば、宇宙は適当な広大さで、炎は適当な灼熱を保っていたからだ。

 こうして、『昼』ができた。
 『昼』を造った功労者の赤い球体に、神さまは『炎』という名を与えた。
 宇宙の中心にぽっかりと浮かんだ『炎』の塊は、遙かな後の時代に『太陽』と呼ばれる運命を持っていたが、その時には誰も――といっても神さまだけだが――知らないことだった。

[其の弐 生物の誕生]

 さて、こうしてできた『炎』には、いろいろと特別な力があった。
 それは今までの暗く寒い生活から救われた神さまが褒美のつもりで授けた力なのか、それとも偶然に出来てしまった副作用のようなものなのか――とにかく、特別な力のあることだけは確かだった。
 ひとつには、水を集めることができた。ほとんど収集癖に近く、『炎』はそれが近くにあればいくらでも集めた。
 集めて、集めて、自分で持ちきれなくなると、彼自信が燃えた燃えカスを固めて造った無数の球のうちで特に大きかった九つの中の、一番気に入っていた三つ目の球に集めておいた。この球を十分の七満たしたとき、辺りには水が無くなってしまった。
 集めるべき水が無くなってしまった頃、『炎』は新しい力に目覚めた。
 即ち、彼の集めた水と彼の造った塵とで、動くものを創ることである。
 最初、それはドロドロとした塊がヌメヌメと動く程度でしかなかった。『炎』は、こどもが何度も粘土をこね直して造形を重ねるように、何度も何度もそれを造り直した。

 ある時は、ひたすら上へ伸びて行く物が出来た。
 ある時は、水の中を動き回る物ができた。
 ある時は、水の無い陸地を移動するものが出来た。
 幾種類もの『生き物』が出来上がった。

 やがてその中の一つに、言葉を繰り、複雑な道具を作りだし、さまざまな物に名前をつける『生き物』が現れた。

 その頃になって、ようやく『炎』は『創造』の技術に飽きはじめたようだった。その後のことは彼の創造物に任せきりになり、彼自身はそれを、球の周りをゆっくりと回りながら眺めるだけになった。
 『炎』は彼の最後の創造物に『太陽』と呼ばれ、今も彼らを見守っている。

[其の参 夜と星空の誕生]

 『太陽』はこの頃、どこにいても全てを見ることが出来た。いつも煌々こうこうと輝いて全てを照らしだし、昔、真っ暗だったことなど想像もできないほどだった。
 さて、これに迷惑を被ったのが、神さまだった。
 なぜなら、神さまは明るい所では眠れないたちで、『炎』を創って以来、不眠症に陥っていたのだ。とはいえ、一度創った物をまた壊してしまうのももったいない。第一、壊してどうにかなる代物ではなかった。
 神さまは仕方なしに、黒い布で覆いを作った。眠るときにはそれを空いっぱいに広げることにした。
 そうして、神さまの不眠症は解消された。
 以来、この神さまの睡眠時間を『夜』と呼ぶようになったのは、もちろん名前をつけるのが大好きな、例の動物たちである。

 ところが、これにさいしても迷惑をした者がある。
 神さまが睡眠時間と定めた時間帯を行動する時間と定めていた動物たちだ。神さまが覆いに使った布はなにしろ真っ黒なので、それが『太陽』をすっぽり覆い隠してしまうと、全く何も見えなくなってしまう。
 そう訴えられた神さまは、黒い覆いにぽつぽつと穴を開けた。そこから光が、ほんの少しずつだけ漏れるように。
 『昼』とは比べようもないほどではあったが、それでも『夜』は、ほんの少しだけ明るくなった。
 その穴は『星』とよばれた。
 黒布には『星空』という名がついた。
 神さまの眠りの深さのサイクルによってその光の大きさを変える球――『月』――ができたのも、同じときである。

[後日譚 そして、星の消滅]

 ところで、ご存じだろうか。
 その後、数十億年が過ぎた今、神さまは再び不眠症に悩まされているのだそうだ。
 その原因は、どうやら動物のあつまる地上の夜が、すっかり明るくなってきてしまったせいらしい。
 神さまは最初、そこから逃れてもう一枚、黒い布を使い、『星空』の向こうに広げて、間に挟まって眠ったのだが、どうしたってそれでは狭かった。それに暗さもまだ足りなくて、ついには昔開けた穴を少しずつ、つくろいはじめているそうだ。

 証拠に、見てみるといい。
 明るい所の星の数は、次々に減っているのがわかるはずだから――――……

 

-終-
Lust Revise:2004/11/17

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